刺繍糸は夢と現実の境界線
「クレールの刺繍」というフランス映画を、あなたはもうご覧になっただろうか?
不本意な妊娠に「生」への喜びを見出すこともできず、刺繍をすることだけが大好きな少女クレールが、日々創りためた作品を手に刺繍職人のアトリエを訪れる。息子を失ったばかりで生きる意欲さえ失ったその婦人は、クレールの技量を確かめる訳でも期待する訳でもなく、彼女を一時的に雇うことにする。お互いに誰にも心を開かない2人が、ただただ布に刺繍を施すという行為の中で「生きること、人と関わることの喜びのようなもの」を見出していく姿を描いた作品だ。ストーリーの面白さも然ることながら、画面いっぱいに広がる刺繍作品の美しさに思わずため息がこぼれてしまう。なにせ、このアトリエでは、オートクチュールコレクションの為の作品を手がけていて、最後には、クレールもクリスチャン・ラクロワに技量を認められるという設定なのだ。
この映画を観て以来、私の中で、『刺繍をした~い!』という思いがどんどん膨らんでいた。
そんな時に『明るめの紫色のつば広のクロッシェを~』というご依頼頂いて、紆余曲折しながらも、完成したのがこのクロッシェ。ベースのふんわりしたクロッシェの生地はアールヌーボー模様のようなフラワープリントのウール。アクセントのコサージュには、プリントの一部を図案に見立てて、パープル系の糸でグラデーションを描き、シルバーの縁かがりとポイントにグリーンの糸で刺繍を施した。
まずは生地探し!と、生地屋さん巡りをはじめたものの、ご依頼の“明るめの紫色”という言葉にとらわれて、思い描く美しい紫色の生地には出会えない。まいったなぁ・・・と思いつつ、何件目かの生地屋さんで、出会ってしまったのだ、この生地と!
実は、この生地の色味はどちらかと言うと地味で寂しげなもの。模様の派手さはあるものの、決して明るくないし相当好みの分かれるプリントだ。しかし、私は一発勝負にでた!と書くと潔くカッコ良いが、ひたすら「この生地に刺繍をした~い!」という衝動に駆られて、この生地を買ってしまったのだ。
そらからこの帽子が完成するまでの、私の挑戦振りと悪戦振りはとてもここでは書ききれないし、聞き苦しくなるのであえて書かないが、(もう書いてしまっているようなものだが^^;)、何度も投げ出しそうになりながらも、私なりに満足のいく完成まで漕ぎ着けたのには理由がある。
それはというと、途中からこの帽子の依頼主が、恐れ多くも私の大好きなデザイナーでもある「ラクロワ」のような気がしていたのだ。『あ~、ラクロワさんにこの帽子を気に入ってもらいたい!』その思いだけが、私を導いてくれたのだ。
そして、お渡しの日。背が高くてすらりとスタイルのいい依頼主が、この帽子を被ったまま帰られる後ろ姿を目にした時、私はちょっと涙ぐみそうになった。なぜって、彼女の後姿が、ラクロワのショーでターンして去っていくモデルの後ろ姿に重なったから!コレクション前に徹夜続きのクチュリエが、晴れの舞台を見て達成感に打ち震える感じ。(たぶん)
そう!自分を駆り立てるための想像力は、身の程知らずに大きいほうがいいんだね。
その晩、私が幸せな気分で深い眠りについたのはいうまでもない。ぐっすりすぎてもう夢は見なかった。だって、帽子を創っている間、私はずっと夢を見ていたのだから。
私にこの帽子を創らせてくれた本当の依頼主さん、夢を見させてくれてありがとう。本当にほんとうに感謝します(^0^)/
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“刺繍糸は夢と現実の境界線”へ2件のコメント
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「クレールの刺繍」
「クレールの刺繍」を観ました。
クレールは17歳、スーパーで働きながら一人暮らしをしている。実は彼女は妊娠していた、日に日に大きくなるお腹を隠しながら働くのも既に限界で、かといって実の母親に相談することも出来ない。出産後里子に出す制度でとりあえず出産はしよ….
このコサージュの紫の刺繍すごい素敵!!
帽子の布の模様と
不思議な立体感を感じます。
映画のお話も ご依頼人のお話も
あーーなんか映像に浮かびます
帽子に対する愛が伝わります。