Oh-Bon!Story



ラジオをつけると海の向こうのDJがロックをBGMに流しながら話していた。日本に向けて発するその言葉は英語だけれど、『O-BON』という言葉だけは、東洋の響きを帯びて何回も私の耳に飛び込んでくる。彼は生粋のアメリカ人らしいが、柔道を習っていた事があり、そこで仏教の心、そしてお盆の意味を知ったという。続く言葉は『僕は仏教徒ではないけれど、お盆には亡くなった方がこの世に戻ってきて、その間祖先や亡くなった方に想いを馳せるのはいいことだよね。』と流暢な英語で語っていた。もちろん、英語が流暢なのは当たり前なのだけれど。


 


今年もそんなお盆の季節が終わった。


私はその間1つの帽子を創っていた。


亡くなった父の形見のシャツを使っての、母へのプレゼント。


 


私がまだ種に毛が生えたくらい幼かったずいぶん前の事、父は仕事の都合でフィリピンに単身赴任していた。その時現地でしつらえたパイナップルの繊維で織られた生地を使った正装用の長袖シャツ。風通しの良いハリのある生地に、襟から前身ごろにかけて小花模様がレース状に手刺繍されたそれはそれは贅沢な代物。しかし何年も寝かせてあったせいで、まっ茶色になったしまったシャツ。それを母は一生懸命手洗いして、丁寧にアイロンをかけた。しかし、なんとか生成り色に戻ったものの、シミはまだ残り、虫食いの穴がポツポツと空いているこのシャツを、このまま置いておいても誰も袖を通す事はないだろう。


 


シャツを手に父の思い出を語る母を見ているうちに、私は何とかこのシャツを蘇らせたいという思いが募っていった。父亡き今も父を愛して止まない母は、私にこのシャツを託すと言う。ならば、この生地で帽子を創ろう。母が被りたくなるような帽子を。そして、父がこの世に戻ってきているお盆の間に創って、母が被った姿を父にも見てもらおう。


 


生地に初めて鋏を入れる瞬間は、間違って切ってしまうのではと躊躇いの気持ちが必ず起こる。でも、父のシャツに鋏を入れる手は、もう迷うことはなかった。きっと父がついていてくれたから。


 


今年の私のお盆は、こんな風に過ぎていった。


Oh-Bon!


 


※「Oh-Bon!帽子が出来るまで」で、帽子創りの途中経過を写真と共にご紹介しています。