空っぽのシュークリーム

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私が帽子のアトリエにしている部屋は、昔祖母が油
絵を描くために使っていた部屋だ。ドアを押して部屋
をのぞくと、油絵の具の濃厚な匂いが漂う中、エプロ
ン紐の蝶結びが腰のあたりで小さく見える祖母のどっ
しりとした後ろ姿が見えたものだ。
60才を超えて始めた祖母の油絵は、花や果物といっ
た静物が中心で、奇をてらうようなところの全くない、
見る人に安心感を与え、かつ包容力を感じさせる温
かく優しい作品。まさに祖母そのものであった。
私の祖母は凝り性で、一時期は毎日のようにシュー
クリームを作っていた。プックリ膨らんだシュー皮にた
っぷりのカスタードクリームを入れたシュークリーム
の美味しかったこと!しかし、あんなに毎日のように
焼いていたのだから、膨らみが悪かったシュー皮もい
っぱい出来てしまったことだろう。食いしん坊でもあっ
た祖母のこと、きっとそのシュー皮はクリームと共に
祖母のお腹の中へと消えていったに違いない。
それが直接原因になったかどうかは定かではないけ
れど、祖母は糖尿病になり甘いものを控えねばなら
なくなってしまう。そして食べたい気持ちを紛らわすか
のように油絵にのめり込んでいったのだ。
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そんな祖母を知るご婦人に偶然道でお会いした。
そのご婦人はシュークリームの作り方を30年程前に
私の祖母から教わって、今も月に1~2回は作るとい
う。心の中がもやもやしていても、シュー皮がプックリ
膨らむと、縮こまっていた心もプワーッと膨らんで幸
せな気持ちになるという。そして人にあげれば喜んで
もらえるしこんな良いことはないわよと微笑まれた。
いつも人の話を聞くことを優先して、決して自分を押
しだすことのなかった祖母も、シュークリームを作るこ
とで救われていたのかもしれないとふと思う。
だとしたら、シュークリームを作ることを奪われた祖母
は、何を思いながらこの部屋でキャンバスに向かって
いたのだろう・・・?
そんな今となっては知る由もない祖母の心の内を、
勝手に想像し脚色しながら帽子を作り始めた私。
・・・いつの間にか頭の中は、
プックリふくらんだ空っぽのシュークリームになっていた。
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7月の帽子小屋:15(木)・16(金)・17(土)
8月はお休みです。

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